2009年10月17日

日向大神宮の例大祭(2009.10.17)

日向大神宮の一の鳥居

インクライン上流に架かった橋
(疎水が出来るまでなかった筈)

 日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)の例大祭に行ってきました。 《日向大神宮》といっても、京都の人でも、どこにある神社かわからない人も多いかと思いますが、インクラインを上流から下流(下流から上流)まで歩いた事のある人なら、上流の手前から山の方に行く橋と道の先に神社があり、この神社と説明すればわかるかと思います。 しかし、本殿まで行った人は少ないのではないかと思います。

 インクライン上流に架かった橋を渡った後、長い坂道を300mくらい、上ります。 坂道の途中の道端にコスモスの花が咲いていたり、古い建物が建っていたりします。 坂道を上がると参拝者用の駐車場があり、その先の階段を上がると舞殿と社務所があり、その先の階段を上がると本殿があり、神事が行なわれていました。
 日向大神宮の場所はこの辺です。

二の鳥居に続く長い坂道

道案内とコスモス

階段を上がると三の鳥居

その先の階段を上がると神事

【動画】本殿前の神事



 本殿前で神事が行なわれて30〜40人の人がいました。 また、神事の後、社務所の前で御神酒とスルメを戴いていました。

 また、日向大神宮は紅葉も綺麗という事ですが、紅葉が始まっている木もあり、階段に落ちていた紅葉した葉の写真も撮ってきました。

本殿の前で神事

御神酒とスルメを戴きます

戴いたスルメ

一部、紅葉が始まっています

階段に落ちた紅葉した葉

こちらも色づいています



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2009年10月13日

西院春日神社の春日祭(2009.10.11)

車両進入禁止にして多くの露店

 10月11日は北白川天神宮の秋季大祭に行った後、西院春日神社の春日祭にも行ってきました。

 こちらは春日神社の前の南北の通りを300m近く「車両進入禁止」にして多くの露店が出ていて人出も多かったです。
 境内にも多くの人がいて、本殿の前では参拝するのに20〜30人の行列が出来ていました。
 春日神社の場所は、阪急西院駅から北西の方向に徒歩3〜4分のこの辺です。

鳥居の前も多くの露店と人出

本殿の前の参拝者の行列

先頭の太鼓

火縄銃を持った子供
(鳥羽伏見の戦?)
剣鉾は肩に担いで行進

子供の巫女さん

鳥居をくぐるお神輿


 その後、お神輿2基も境内に到着しました。

 先に到着した5基の剣鉾は剣鉾を立てて舞殿のまわりを回り、その後、2基のお神輿も担いで舞殿のまわりを回り、その後、神事が行われました。

 境内では多くの人が見学していました。

本殿の前で剣鉾の鉾差し

【動画】本殿の前で剣鉾の鉾差し

到着したお神輿と剣鉾(本殿は右手)

【動画】本殿の前のお神輿



 最後にこのお祭で感心したのは、あちこちに置かれたゴミ箱とゴミを拾っている人です。
 北野天満宮の毎月25日の縁日によく行くのですが、北野天満宮ではゴミ箱が見当たらず、たこ焼き等を食べた後のパックを家まで持って帰った事が何度かあり、ゴミ箱が置いてあるのは便利なので、ゴミを拾っている人の手を煩わせないようにしましょう。

あちこちに置かれたゴミ箱とゴミを拾っている人

posted by 京都情報 at 19:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 10月のお祭や行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

粟田神社の神幸祭(2009.10.12)

粟田神社の鳥居
(三条通から見た所)

先頭の《剣鉾》が接近


《剣鉾》を立てて行進

【動画】《剣鉾》を立てる所

 10月12日(体育の日)の粟田神社の神幸祭に行ってきました。 粟田神社の前に着いた時には、お祭の行列の太鼓の音が聞こえてきたので、粟田神社の前で待つ事にしました。
 鳥居の前にお祭の提灯が飾られていますが(露店を出す場所が少ない事もありますが)露店は1軒も出ておらず、お祭なのに静かでした。 最初、お祭の行列を待った場所はこの辺です。

 《剣鉾》を担いで近づいてきて、すぐに《剣鉾》を立てて、また、電線に引っかかる所では《剣鉾》を寝かせて、また、立ててと、結局、100mくらいの距離で、立てて、寝かせてを2回やっていました。 《剣鉾》は粟田神社の神幸祭の見所の1つなので、できるだけ立てるようにしているのでしょう。

 《剣鉾》の後、学園祭に出てきそうな「張りぼての人形(大燈呂)」が続いてきました。 これは、後で調べると、戦国時代の文献に記述があるものの、その後、途絶えていたものを現代の感覚で2008年に数百年ぶりに復活させたものとの事です。 今でこそ、「千年の歴史・伝統」とか言っていますが、当時の若者が「現在の学園祭のノリ」でやっていたのかも知れません。 この「張りぼての人形」には「ウェスティン都ホテル京都」や「中央信用金庫」の名前が書かれていて、今も昔もこの様なお祭は地元の商売人に支えられているのでしょう。

《粟田大燈呂》

《牛頭天王》

《八岐の大蛇》

坂道の参道を上がる《出世えびす》の後姿

【動画】本殿前で鉾差し

【動画】本殿前で差上げる神輿


 その後、本殿の前では、6基の《剣鉾》が舞殿のまわりを回っていました。 《剣鉾》は祇園祭の《山鉾》の原形で、《剣鉾》に絢爛豪華な装飾を施して車輪を取り付けたのが祇園祭の《山鉾》で、昔ながらの姿を残しているのが《剣鉾》です。

 《剣鉾》は、長さ6〜7mの棒に剣先が取り付けられたもので、重さは30〜40kgあり、剣鉾を腰につけた差し革で支え、バランスを取りながら鉾の先の鈴を鳴らしながら練り歩き、《剣鉾》を次の人に渡す所も見所です。
 ちなみに、この《剣鉾》は粟田神社が所有しているのではなく、各氏子の民家が所有しているものとの事です。そういえば祇園祭の《山鉾》も八坂神社が所有しているのではなく、各町内が所有しているものです。

 その後、お神輿も到着して、お神輿も舞殿のまわりを回り、本殿前でお神輿が差上げられ、神事が行われました。

本殿前のお神輿

posted by 京都情報 at 21:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 10月のお祭や行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月11日

北白川天神宮の秋季大祭(2009.10.11)

【動画】お祭の行列の前半

【動画】お祭の行列の後半

《剣鉾》

 体育の日を含む三連休は京都のあちこちで秋祭りが行われていました。10月11日(日)は、まず、北白川天神宮の秋季大祭に行ってました。

 お祭の行列の撮影で難しいのは、一瞬で通り過ぎてしまうので「シャッターチャンスを逃す」「動画を撮影していると静止画が撮影できない」という点があげられますが、今回は休憩所付近で撮影できたので、休憩所の到着時と出発時の2回、撮影のチャンスがありました。

 到着時は動画で撮影したのですが、容量が大きすぎたので、2つに分割して紹介します。

 前半では、先頭の「太鼓」に続いて「剣鉾」、その後の三基のお神輿のうちの「本神輿」、後半では「女性神輿」と「子供神輿」が撮影されています。

 その後に「子供白川女」が続いていましたが、「子供白川女」は出発時の静止画で紹介しています。 お祭の行列を撮影した場所はこの辺です。


 休憩の後の出発の時、「剣鉾」を立てて行列が始まりました。 剣鉾を立てると電線や街路樹に引っかかるので、立てたまま長い距離を歩く事はできないので、(前半の動画でも撮影されている通り)到着する時も寝かせて歩いていましたが、出発時は立て歩き始めました。 しかし、街路樹に引っかかりそうになり、苦労していました。

 「子供白川女」が手に花を持っているのは、白川女が白川に広がる花畑の花を京の街で売り歩いた事に由来していると思われます。 現在でも現役の「白川女」は何人かいるそうですが、最近、ほとんど見かけません。

 何年か前にテレビで高齢の白川女が北白川からリヤカーに花を乗せてお得意さんの家を回り、下京区あたりまで来て、帰りは電話をすると軽トラックでお迎えが来て、リヤカーを乗せて帰る様子が紹介されていました。

《本神輿》

《女性神輿》

《子供神輿》

《子供白川女》



白川の手前に7軒の露店

北白川天神宮の鳥居

 その後、北白川天神宮にも立ち寄ってみました。 白川の手前に、左右7軒の露店が出ていて、露店はこの7軒だけで、人も少なく、わらび餅を売っているおじさんも子供とわらび餅の切り方の説明をしていて、のんびりとした雰囲気でした。

 白川を渡ると先に鳥居があり、鳥居には「天神宮」と書かれています。 その先に長い階段が続いていて、鳥居の先にも人も少なく、「今日はこの神社のお祭なのか?」と思うほど静かでした。 階段を上がると舞殿と本殿があり、ここも人は少なく、お祭の時によく飾られている提灯も特にありませんでした。

 北白川天神宮は、足利義政の別荘である銀閣寺に向かう際、銀閣寺近くで、必ず、馬が暴れることから、都の鬼門の方向であり、山中越えの入り口でもあるここに足利義政により文明年間に造られたそうです。 北白川天神宮の場所はこの辺です。

鳥居の先に続く長い階段

階段の先に建物

階段を上がると舞殿

北白川天神宮の本殿

posted by 京都情報 at 20:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 10月のお祭や行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月04日

北野天満宮のずいき祭(2009.10.4)

鳥居の前の獅子舞

鳥居の前を通る御鉾

 北野天満宮のずいき祭の還幸祭(御旅所から北野天満宮に戻る行列)を見に行ってきました。

 巡行予定表では北野天満宮に午後4時半に到着という事だったので4時20分ごろに行くと、予定より早く到着したようで、獅子舞が鳥居の前に来ていました。 その後、お祭りの行列が続きましたが、後で巡行予定表と写真を確認すると《御羽車童子供奉》は通っておらず、途中で境内に戻ったのかも知れません。

 また、後で巡行予定表を確認すると《ずいき祭》の名前の元となった《ずいき神輿》は、この行列より30分くらい前に通って御旅所に戻ったそうで、《ずいき神輿》も見ていません。 この《ずいき神輿》を中心とした西ノ京を始めとする氏子の祭りは室町時代には行なわれていたそうです。 《ずいき神輿》は、毎年、昔話などを題材にして趣向をこらした違う飾り付けをしているそうで、来年はちゃんと見たいと思います。 還幸祭の行列を撮影した場所はこの辺です。

八乙女先達

皆燈講稚児裃

第一鳳れん

葱華れん

第三鳳れん

宮司・神職の馬車
今出川通の手前で解散

 その後、《宮司・神職の馬車》は今出川通まで行かず、その手前で馬車を降りていたので、境内の方に移動しました。
 楼門の所まで来ると人は多かったですが、露店は少なかったです。 ちょうど楼門に第三鳳れんが到着して、担ぎ上げて楼門の階段を上がる所だったので動画で撮影しました。
 その後、本殿の方に移動すると3つの鳳れんが到着すると一般参拝者は締め出して神事が行われたようです。 清明神社では行列の後の神事に一般参拝者が参加する事ができたのに、その辺は少し疑問に思いながら帰りました。

楼門付近

楼門に第三鳳れんが到着

【動画】第三鳳れんが楼門の階段を上がる所

本殿前に鳳れんが到着

3つの鳳れんが到着すると一般参拝者は締め出し

posted by 京都情報 at 22:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 10月のお祭や行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

10月3日は中秋の名月【下鴨神社《名月管弦祭》】(2009.10.3)

平野神社の西門の鳥居

 10月3日は中秋の名月で、あちこちでイベントが行なわれていました。

 まず、平野神社に行くと、名月祭の準備をしていました。 名月祭では、お琴、尺八、雅楽の演奏や日本舞踏があるそうですが、午後6時半からという事なので、待つには時間があるので、次に移動しました。
 平野神社の場所はこの辺です。

平野神社の東門の鳥居

本殿に続く参道

名月祭の予定表

能舞台で準備中

平野神社の本殿

参道沿いの紫色の花

 移動中、京都御苑の近くで満月が見えました。 満月を見たのはこの時だけで、この後、雲がかかったのか、残念ながら満月を見る事はできなかったです。

10月3日の満月「今出川通り」

10月3日の満月「京都御苑の近く」

下鴨神社の西側の鳥居

 その後、所用をを済ませて、午後8時ごろ、「名月管弦祭」が行なわれている下鴨神社に行くと、これから行く人、帰る人で賑わっていました。 能舞台の前では多くの観客がいて、雅楽と舞が奉納されていました。 能舞台をフラッシュを使って撮影している人がいましたが、フラッシュの届く距離は、通常、2〜3m程度で、写真の通り、フラッシュを使わなくても照明されて明るかったのでフラッシュは使うべきではないでしょう。
 お茶席や売店なども出ていました。下鴨神社の場所はこの辺です。

能舞台の前の観客



能舞台は照明で明るいです

【動画】雅楽と舞

お茶席

南の鳥居の前の売店

下鴨神社の楼門

posted by 京都情報 at 22:31 | Comment(0) | TrackBack(1) | 10月のお祭や行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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