2012年04月15日

文子天満宮の還幸祭(2012.4.15)

北野天満宮の東門
「文子天満宮還幸祭午後4時」の案内

すでにお神輿は到着

子供が獅子に頭を噛んでもらっていた

 4月15日に行われた文子天満宮の還幸祭の紹介です。 《文子天満宮》というのは、菅原道真の乳母だった「多治比文子(たじひのあやこ)」は、菅原道真が大宰府で死んだ後、菅原道真の霊から「北野の地に祀ってほしい」というお告げ(託宣)を受けたけど、お金がなくて社殿を作る事が出来ず、当時の文子の自宅だった右京七条二坊(現在の千本七条あたり)に祠を建てて、菅原道真を祀ったのが天満宮の始まりです。 その後、北野天満宮は現在の地に移されて、文子の住居跡は神殿になり文子天満宮と呼ばれるようになりいたが、その後の大火で消失し、その都度、再建され、明治6年に北野天満宮の中に文子天満宮が遷座されました。 (東本願寺の東あたりにも文子天満宮があり、こちらも大火で消失後、再建された文子天満宮の流れをくむもので、どちらが本家と言えるのかはよくわかりません)
 午後4時から還幸祭という事で午後3時45分頃に北野天満宮に行くとお神輿はすでに到着していて、午後4時から文子天満宮で神事が行われました。
 文子天満宮での神事は午後4時半頃に終わって、お神輿が御旅所に戻るという事なので帰りのお神輿の行列を撮影してみました。 御旅所に行くとお神輿は到着していて、お神輿は御旅所の少し北の蔵におさめられたので御旅所の写真を撮って帰りました。 文子天満宮御旅所の場所はこの辺です。

神事が始まるまで境内の桜を撮影

梅の花は僅かに残っています

午後4時前になると神主さんたちが桜の木の下を通って文子天満宮に

お神輿の横を通って

文子天満宮で神事が始まる

御霊移し

【動画】文子天満宮の還幸祭で御霊移し

文子天満宮での様子と文子天満宮の駒札

お神輿が北野天満宮の東門を出る所

帰りのお神輿の行列「ちゃんと行列を作って帰ります」

帰りの行列のお神輿

帰りのお神輿の行列が今出川通りを渡る為の信号待ち

【動画】帰りのお神輿の行列が今出川通りを渡る所

お神輿は御旅所の少し北の蔵の前に到着

お神輿は外す物は外して蔵におさめられる

《文子天満宮御旅所》

鳥居をくぐると拝殿もあります

お社

大きなお社

境内は広くないですが、こじんまりとしていて綺麗です



《文子祭》のパンフレット

posted by 京都情報 at 22:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 4月のお祭や行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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