蹴上に京都の老舗のホテルの一つである「ウェスティン都ホテル京都」があります。
今はホテル名は「ウェスティン都ホテル京都」ですが、昔は「都ホテル」でした。
その後、あちこちに「都ホテル」を作ったので「都ホテル京都」となり、2002年4月から業務提携により「ウェスティン都ホテル京都」と変更して、外国人向けの予約ネットワークを充実させて外国人宿泊客が増え、稼働率も(60%から80%に)アップしたとの事です。
地元京都の人にとっては「都ホテル」のブランドイメージは高いですが世界的には「ウェスティン」の知名度の方が高いのかも知れません。
「ウェスティン都ホテル京都」の場所はこの辺です。 「ウェスティン都ホテル京都」の予約はこちらからできます。 (大人1人あたり:5,100〜84,735円。総客室数:501室【シングル 12室】【ダブル 50室】【ツイン 256室】【和室 21室】【和洋室 2室】【スイート 13室】【その他 11室】。スイートルームは値段が高いですが普通の人が利用できる料金の部屋もあります) | |
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「ウェスティン都ホテル京都」の南東隣に「蹴上浄水場」があります。
蹴上は「ウェスティン都ホテル京都」と「蹴上浄水場」が景観を損なわないように建てられています。「蹴上浄水場」も昔は壁に囲まれていましたが今は中がよく見えるように格子の塀になっています。
蹴上浄水場は琵琶湖から京都に水を供給する為の第二疎水が完成後、市内に安定して水道水を供給する為に明治45年に出来きました。 都ホテルが出来たのが明治33年(1900年)で、蹴上浄水場が出来たのが明治45年(1912年)なので「都ホテル」の方が先に出来ています。 蹴上には疎水を利用した水力発電所や舟で琵琶湖まで行く乗舟場などがあり、市電(当時は京都電気鉄道)が蹴上まで走っていた事もあり、賑わっていたそうです。 (こちらのページで古い写真を紹介していますが、右上の建物が発電所で、その手前にある黒い乗り物が市電です) 斜面に植えられているのは「つつじ」で毎年5月にはつつじの一般公開が行なわれます。また、つつじが咲いている時の写真も撮って紹介したいと思います。 蹴上浄水場の場所はこの辺です。 | |
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2008年08月12日
「ウェスティン都ホテル京都」と「蹴上浄水場」
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さて、疎水なんですが、蹴上の近くの坂の高低差を利用し、電気を起こすため水力発電所ができました。その電気を今度は電車に使おうということで日本で初めて路面電車が京都で走りました。また、インクラインといって船を運ぶ、ケーブルカーみたいものも作りました。ちなみに蹴上近くを走っていたのは市電ではなく、京阪電車京津線です。
確かに、京都の人にとっては「ウェスティン都ホテル京都」という名前には少し抵抗がありますが稼働率が60%から80%にアップしたと聞くと「仕方がないかな?」という感じもします。
蹴上げ近くを走っていた市電ですが、下記のページで紹介されています。
明治28年4月1日 鴨東線開通(木屋町二条〜南禅寺)
これは二条通を東に走り、疎水の西側を走り、現在の動物園の南の疎水の南側を走っていたそうです。
明治40年8月8日 鴨東線延長(南禅寺〜蹴上)
現在のインクラインの西側に停留所があった写真を見た事があります。当時の写真が見つかったらリンクで紹介したいと思います。
http://www.geocities.jp/kyototram/05haishi/rosen1.htm