2008年07月24日

《南座》と《北座》

南座
《南座》の外観

北座があったと思われる場所
《北座》があったと思われる場所
後の《北座》の看板のビルは八ッ橋屋

 京都の《南座》は歌舞伎だけでなく、その他の演芸の公演が行われています。 昔、《南座》の向かいに《北座》があったという話しを聞いた事がある人もいると思います。 昔の写真を探してみたのですが、この写真は四条大橋の西側から撮影したもので橋の向こう側の右手に見える建物が《南座》で、左手に見えるのが《北座》になります。 但し、鴨川東岸の手前にある家ではなく、もう1つ後ろの大きな建物だと思われます。 《北座》は四条通りの拡張に伴い、明治26年に閉館しました。

 現在の《南座》は右上の写真です。 そして、右下の写真の「レストラン菊水」「大阪へ京阪特急」の看板のあるビルあたりに《北座》の建物が建っていたと思われます。 その左後方に《北座》と書かれた建物がありますが、これは八ッ橋屋さんやレストランが入ったビルで、《北座》という名前は復活させたものの(5階で毎月第二金曜日に「北座・染屋町寄席」が行われているそうですが)、実際のビルの中身は昔の《北座》と大きく違います。 《北座》という昔の名前を使う以上、「もう少し中身も復活させる努力もあっても良いのではないか?」と考える所です。 《南座》の場所はこの辺です。

《出雲の阿国の像》と《百日紅》
《出雲の阿国の像》と《百日紅》

【追記】(2009.8.11)

 南座の西入口右側には「阿国歌舞伎発祥地」の石碑があり、また、四条川端の交差点を隔てた北西には「《かぶき踊の祖》出雲の阿国(いずものおくに)」の像があります。
 像の横の百日紅(サルスベリ)の花がきれいに咲いていたので写真を撮ってきました。

南座の顔見世のまねき
南座の顔見世のまねき

【追記】(2009.12.10)

 年末の南座の顔見世のまねきは京都の風物詩の1つです。
 まねきの看板は、長さが1間(1.8メートル)、幅1尺(約30センチ)の桧の板に役者の名前が太く丸みを帯びた独特の「勘亭流」書体で書かれます。 「勘亭流」大入り満員の願いを込めて隙間の無いように作られた書体です。 まねきの看板は毎年11月25日の朝には南座の正面に飾られます。



posted by 京都情報 at 12:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 街角ウォッチング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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